ホーム » 受講生の声 » 【修了生インタビュー】平良浩樹さん「1 エニアグラムとの出会い」
株式会社エニアグラムコーチング - 受講生の声

2015/05/12

【修了生インタビュー】平良浩樹さん「1 エニアグラムとの出会い」

エニアグラムコーチングの学びを、修了生のみなさんがどのように活用しているのかをきく「受講生の声」。今回はキャリアデ・ベロップメント・アドバイザー、シニア産業カウンセラー、1級キャリア・コンサルティング技能士としてご活躍中の平良 浩樹(タイラ ヒロキ)さんに、カウンセラーがエニアグラムを学ぶことの価値やご自身の変化について、お話を伺いました。

 

平良さん1

 

――――現在のお仕事内容について教えてください。

 

平良氏:大きく3つの資格を持ちながら、キャリアカウンセラーとして活動しています。日本キャリア開発協会認定 キャリアデ・ベロップメント・アドバイザー(CDA)、産業カウンセラー協会認定 シニア産業カウンセラー、国が認定する1級キャリア・コンサルティング技能士です。

 

活動内容は大きく2つあげられます。1つは地元の沖縄で企業さんと契約し、カウンセリングや研修を行なっています。もう1つは日本キャリア開発協会認定のキャリアカウンセラーを目指す方に向けた養成講座のインストラクターで、九州・沖縄中心に活動しています。

 

――――エニアグラムを学習されようと思ったきっかけを教えてください。

 

平良氏:父の仕事の都合で、小学5年生のとき沖縄から横浜に来まして、小・中・高・大学も含めて沖縄には帰らず、新卒で今はなき山一證券に入社しました。そこで色々な金融関係の仕事を経て、最後は人事・総務関係に。新卒の採用を担当しました。

 

学生さんは、面接の訓練を受けているのでしょうね。アピールが上手い。でも、本当にうちの会社に入社したいのかなという大きなクエスチョンが、多くの学生さんにつきまして(笑)。内定を取りたいという気持ちはわかるけれど(笑)。

 

面接で学生に接するうちに、自分は企業で選抜する側ではなく、若い方々の後ろで、彼らを支援する仕事を選びたいのだろうと感じ、そこからキャリアカウンセリングなどの勉強を始めまして。その後1999年に両親の介護が必要になり、沖縄に戻りました。

 

当時は社会に「カウンセリング」の認識がなかった。ですから独立しようと思ってもすぐにはできない。小学校から本土の学校を卒業しているので、沖縄に同級生が居ないから、誰かに相談することもできない。親の介護も必要だったので、2000年に自分ひとりでなんとか仕事ができる、小・中学生を対象にした学習塾を開きました。

 

2005年頃から、いわゆるメンタルヘルスという観点で、企業さんからぼちぼちと声がかかるようになってきました。最初に声をかけてくださったのが、私の本を読みましたとおっしゃる、ある企業の総務部長でした。たまたまなのでしょうが、「この人だったら、ちょっと会おうかな」と思っていただけたらしいのです。

 

沖縄にはコールセンターがたくさんありまして、そのうちの1社でした。メンタルヘルスで結構大変なのだと。エニアグラムとの繋がりは、その後に塾を譲渡し、カウンセラー1本でいくことになってからです。

 

カウンセリングのスキルアップは継続していくし、そのために知識を得る本だとか、研修する場所などはあるのですが、「平良浩樹は、ほかと違うものを持っている」という何かを身につけたいと。インターネットで色々探して、エニアグラム、しかも株式会社エニアグラムコーチングのサイトにたどり着きまして。

 

これも私のタイプ(編集注:平良氏はエニアグラムの分類でタイプ9)がそうさせたのでしょう。「なんとなく(編集注:「なんとなく」はタイプ9が多用する言語)、これかな」みたいな(笑)。

 

(当時)株式会社エニアグラムコーチングに、3日間で学ぶコースがありましたので、東京に出てきて講義を受けたのが、エニアグラムと、それから安村先生との最初の出会いということですね。